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『私の Quality Of Life』の原点

人生とは、時に素晴らしく、時に残酷です。

生きていれば、きっといいことはある。

そう信じて疑わなかった頃がありました。

けれど、ある日突然、
何の前触れもなく崖から突き落とされることがあります。

幸福の大きさも、絶望の深さも人それぞれ。

人生とは、その振り幅を抱えながら進んでいくものなのかもしれません。

私にとって、その日が訪れたのは25歳のときでした。

「がんです。」

その一言で、世界の音が消えました。

頭の中が真っ白になり、
時間が止まったように感じました。

雷に打たれたような衝撃——

けれど、その表現でさえ生ぬるく思えるほどの現実でした。

当時の私は、特別な才能があったわけでも、
誇れるような学歴があったわけでもありません。

ただ、結婚をして、子どもを産み、
ささやかでも温かな家庭を築いていく。

そんな「平凡な人生」を歩んでいくのだと、
疑うことなく信じていました。

平凡であることは、退屈なことではありません。

それは、静かで尊い幸せのかたちの一つです。

——あの日までは。

あの日から、私の人生は大きく姿を変えました。

けれど後になって気づいたのです。

失ったのは健康だけではありませんでした。

未来への安心、
当たり前だと思っていた時間、
そして「いつか」という約束。

反対に、
病気を経験したからこそ見える景色もありました。

朝、目覚めること。

誰かと笑い合えること。

好きな場所を歩けること。

今日という一日を生きていること。

かつての私は、
人生の質(Quality of Lifeとは、
成功や豊かさのことだと思っていました。

でも今は違います。

人生の質とは、

どれだけ多くを持っているかではなく、

限られた時間の中で、
何を大切にして生きるか。

その積み重ねなのだと思っています。

このブログは、
がんサバイバーとして生きてきた私が、

ニューヨークで人生をやり直した日々、

帰国後に向き合った介護の現実、

心を支えてくれた芸術や建築、

猫との暮らしや旅の記録を通して、

私自身の「Quality of Life」を探し続ける物語です。

もし私の経験や言葉が、

あなた自身の物語を再発見するきっかけになれたなら、

それ以上に嬉しいことはありません。

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この記事を書いた人

KANNA UEHARA
Quality of Life
Tokyo

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