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介護は、家の中だけでは終わらない

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|介護は、家の中だけでは終わらない

介護が家族を壊すのではない。
逃げ場のない介護が、人を追い詰めていく。
そして、その境界線は、ある日突然、自分の家にも現れる。

数日前、近所に住む幼馴染からメッセージが届いた。

「仕事から戻ったら、警察がたくさん来てたけど、何かあったの?
警察官に聞いても、『重大な事件とかではありません。お騒がせしてしまってすみません』としか教えてくれないから、何が起きているのかわからない」

という内容だった。

私はすぐに玄関へ向かい、ドアを開けて周囲を見回した。

しかし、すでにパトカーもなければ、警察官の姿もなかった。

確かに1時間ほど前、人の話し声は聞こえていた。けれど、パトカーのサイレンなどはまったく聞こえなかったので、そんな事態になっているとは思わなかった。

ちょうど入浴を終えた父が部屋に戻ってきたので、何か外から聞こえたか聞いてみた。

すると、

「男性が『助けてください』って言っていたような気がする。その後、誰かが助けに入ったのか、複数人の声がしていた」

という。

私は、そんな内容を幼馴染に返信した。

すると、その後のメッセージに、気になる一文があった。

「Rさん宅の前に警察官が4人いて、敷地内の一部をメジャーで測っていた」

Rさん。

その名前を聞いた瞬間、何が起きたのか、ある程度の想像がついた。

数ヶ月前にも、Rさん宅に救急車と数名の警察官が来ていたからだ。


|Rさんの家で、何が起きていたのか

あの日も、夜8時ごろだった。

やはり小雨が降っていた。

救急車のサイレンが近づいてきて、近所まで来たところで、その音が止まった。

私が外に出た時には、救急隊が担架をRさん宅へ運んでいるところだった。

そして、2台のパトカーは、すでに停まっていた。

Rさん宅には、80代のおじさんと、私の同級生である長男が住んでいる。

クラスが一度も同じになったことがないので、普段は挨拶をする程度だった。

ただ、中学の林間学校で、一度だけ話したことがある。

おじさんは、いつも庭にいて、よくタバコを吸っていた。

私を見つけると、手を振ってくれたり、話しかけてきたりした。

私が日本を離れている間に、おばさんが亡くなったこと。
次男も亡くなったこと。
家事や生活のこと。
そして、両親を大切にすること。

いろいろな話をしてくれた。

よく動いていて、元気そうだった。

けれど、同じ内容を何度も聞いてきたり、前回話したことをまったく覚えていなかったりしたので、認知症であることは明らかだった。

そして、ここ1年ほどは、私のことも忘れてしまったらしい。

笑顔もなくなった。

いつも、何か一点を長い時間、見つめていることが多くなった。

あの日、救急車には誰も乗らなかった。

その後、警察官が家の中から出てきて、パトカーの中にしばらくいた。

そして、いつの間にかいなくなった。

私は最初、長男が介護に疲れ、おじさんを殴って怪我をさせてしまったのではないか、と想像していた。

けれど、今は逆なのではないかと思っている。

普段は穏やかなおじさんが、何かのきっかけで不機嫌になり、手をつけられない状態になって、長男が警察を呼んだのではないか。

もしくは、おじさんが、

「救急車を呼べ!」

「警察を呼んでみろ!」

などと言って、長男を追い詰めているのではないか。

そんな想像が、どうしても頭から離れない。

そして同時に、私は気分が沈んだ。

「明日は我が身」

そう思ったからだ。


|認知症は、一人ひとり違う

認知症といっても、人によって症状はまったく違う。

当然、支える家族の負担も、必要な対策もまったく違う。

ご近所のKおばさんのお姑さんは、毎日、深夜1時過ぎになると部屋をノックしてきた。

「私のお食事は?
私、まだ夜のお食事をしてないの」

もちろん、とっくに食事は済ませている。

その後、定期的に救急車が来るようになった。

けれど、救急車で運ばれるのは、お姑さんではなかった。

介護をしている嫁である、おばさんだった。

介護する側が倒れてしまったのだ。


|我が家の「夜中のアイスクリーム事件」

うちの母は、夜中に私を起こしに来ることはない。

ただ、トイレで3時間ごとに起きる。

そして、トイレを済ませた後、キッチンでこっそりアイスクリームを食べている。

夕方、アイスクリームの箱を買ってきても、次の日の朝にはなくなっている。

最近は、3つ入りの「もずく」がお気に入りのようで、夜中の間に全部たいらげてしまう。

ある日は、はんぺんを生のまま食べていた。

カニカマも、すぐになくなる。

私に見つからないように、こっそり冷蔵庫の前で食べている。

でも、全部、私にはバレている。

はんぺんやもずくは隠す。

アイスクリームは、冷凍庫の中の、私しか知らない場所に隠す。

そうやって対処している。

一度、何かに執着し始めると、しばらく止まらない。

少し前は、ティッシュペーパーに執着していた。

洗面所、キッチン、応接間。

家中のティッシュペーパーを、すべて使い切ってしまう。

つまり、1日で3箱使ってしまうのだ。

トイレットペーパーも、1日で1ロール使い切る。

だから、洗面所とキッチンにはティッシュペーパーの箱を置かないことにした。

応接間については、本当に必要な時だけ、私が渡すようにした。

我が家のティッシュペーパー問題は、これで解決した。

……介護には、こういう小さな「事件」が、毎日のように起きる。


|「わかった。今、飲む」が、夜まで残る

朝に飲むはずの数種類の薬は、何度言っても飲まない。

「わかった。今、飲む」

そう返事をする。

ところが、その薬が午後3時まで残っていることもある。

午後3時どころか、夜7時まで残っていることもある。

言った。

返事もした。

でも、できない。

介護をしていると、「本人がやろうとしていない」のか、「やろうとしてもできない」のか、その境界線がわからなくなることがある。

そして、介護する側の疲労だけが、少しずつ積み重なっていく。


|我が家最大の問題は「トイレ」だった

うちの母の場合、最大の問題は「トイレ」だ。

トイレを自分でする。

食事をする。

入浴をする。

私は、人間が人間らしく生きるという意味でも、できる限り、極限までオムツを使わない方向で頑張ってきた。

けれど、去年の終わりごろから、「お漏らし」が続くようになった。

トイレまで間に合わない。

トイレの前ですでに尿が出てしまい、びちゃびちゃのまま立っている。

私が拭き取り、着替えを終える。

すると母は、

「なんで掃除してるの?」

と言う。

私は、何度も説明する。

けれど、また同じことが起きる。

そして今年から、とうとうオムツをするようになった。

これで少し楽になる。

私は、そう思っていた。

ところが、思わぬ問題が始まった。

「オムツをしているから、トイレに行く必要がない」

「私は大丈夫」

母は、そう言い始めた。

その結果、何が起きたのか。

起きて、自分のテーブル席につく。

そして、そのままずっと座っている。

数時間後には、椅子の上に尿の水たまりができている。

衣類の背中まで尿が浸透している。

いわば、**「汚物漬け人間」**が出来上がっている。

最初、私は発狂した。

「ここはトイレではない!
食事をするところ!」

怒鳴りつけた。

それでも気がおさまらなかった。

掃除をしながら憤慨して、ゴミ箱を壁に叩きつけた。

さらに物を投げつけようとした、その時だった。

バチが当たったのかもしれない。

右手の薬指が椅子に引っかかった。

そのまま指が反り返った。

骨折した。

面白いくらいに腫れ上がり、色は真紫になった。

私は、その時、初めて本当の意味で気づいた。

恥ずかしながら、我が家も、いつ警察のお世話になってもおかしくない状態になっていた。

それからは、とりあえず2時間おきに、母にトイレへ行くよう促している。


|「介護する人」も、限界まで追い詰められる

最近、ケアマネジャーを殺害した事件や、老老介護をしている親子が心中したという凄惨なニュースを目にするようになった。

同じ立場になった私は、当然、それらを以前より強く意識するようになった。

テレビのニュースでは、その後、

「介護でお悩みの方は、お住まいの地域包括支援センターへご相談ください」

という案内が流れる。

その言葉を聞くたびに、私は思う。

本当に、それだけでいいのだろうか。

我が家も、いよいよ公的機関のサービスを受ける時期が来た。


|介護保険という「社会の仕組み」に入る

まず、市役所を通すか、地域包括支援センターに直接連絡する。

すると、担当のケアマネジャーを紹介してもらえる。

その後、ケアマネジャーが自宅を訪問し、介護を受ける人の状況を見る。

そして、介護保険の申請を市役所に行い、市役所の人が自宅へ来て面談をする。

後日、どの程度の介護サービスを受けられるのか、その区分と自己負担額が決まる。

ケアマネジャーは、その範囲内で利用できるサービスを紹介してくれる。

我が家のケアマネジャーも、さまざまなアドバイスをしてくれた。

「お父様の家の中での転倒が気になってきましたね。手すりをもっと増やした方がいいかもしれませんね」

確かに、父の転倒は心配だ。

けれど、すでに玄関、応接間、トイレ、浴槽、ベッド脇など、父が日常生活で歩く場所には、ほぼ手すりがついている。

狭い我が家の中に、すでに7本ある。

それぞれの場所に、1本から2本に増やせばいいのだろうか……。

そんなことを考えてしまう。

そして、こんな提案もあった。

「たまには温泉などに行って、リラックスしてきてください。お父様とお母様は、ショートステイを利用されてはいかがでしょうか」

私は費用を聞いた。

母は介護サービスの自己負担が1割なので、1日約8,000円。

父は3割負担なので、1日約24,000円。

両親を3日間ショートステイさせると、

母:約24,000円
父:約72,000円

合計、約96,000円。

つまり――

私の2泊3日の温泉旅行代金より高い。

思わず、そう思った。

ちなみに、手すりも母の場合は1割負担なので、1本約3,000円。

父の場合は3割負担なので、1本約9,000円になる。

我が家の場合、母が62歳の時にくも膜下出血で倒れた際、すでに家の中にほとんどの手すりを取り付けていた。

それが、今になって幸いしている。


|制度があっても、「助けて」と言えない人たち

介護に関する重大な事件が起きるたび、

「地域包括支援センターに相談してください」

という言葉が繰り返される。

もちろん、制度につながることは重要だ。

私自身も、実際にケアマネジャーに相談することで、知らなかったサービスや選択肢を知ることができた。

けれど、介護者の家族として生活してみて、私は一つの疑問を持つようになった。

心身ともに限界まで追い詰められた人が、相談窓口にたどり着いたとして、その後、本当に「救われる」のだろうか。

介護で疲れ切っている人にとって、制度は必ずしも「救い」だけではない。

説明を理解すること。

選択肢を比較すること。

費用を考えること。

家族と相談すること。

そして、また決断すること。

それらすべてに、介護者自身のエネルギーが必要になる。

そのエネルギーすら、もう残っていない人もいる。

実際、毎回、「これは我が家には不要なのでは」と思うようなサービスまで案内してくるケアマネジャーがいることも、残念ながら事実だ。

介護保険内で利用できるサービスを紹介することが、ケアマネジャーの仕事だからだ。

だからこそ、必要なのは単純に「提案する人を増やすこと」だけではないと思う。

不要なサービスや、経済的に難しいサービスを複数の人から提案されれば、介護者が安心するどころか、

「結局、何を選べばいいの?」

「お金を払わなければ、助けてもらえないの?」

という混乱や不信感につながる可能性もある。

介護生活に疲労困憊している人にとって、それは時に、さらに追い詰められる要因になり得る。

だから私は、制度を利用する側の人間が感じている「しんどさ」そのものを、もっと社会が理解する必要があると思う。


|私が日本に帰国して、最も衝撃を受けたこと

私が日本に帰国して、衝撃を受けたことがある。

私が日本を離れていた約10年の間に、両親が住む実家の右斜め前に住んでいた30代の男性、左後ろに住んでいた50代の男性、そして我が家の後ろ数軒先に住んでいた30代の女性が亡くなっていた。

それぞれ、自ら命を絶っていた。

そして、ひっそりと街を去っていた。

私は、これがとても健全な社会だとは思えない。

人が一人で抱え込み、誰にも助けを求められないまま、静かに消えていく。

その現実を、私たちは「本人の問題」として片付けてしまってはいないだろうか。

介護も同じだと思う。

家族だから。

親だから。

自分がやらなければならないから。

そうやって、一人で抱えてしまう。

そして気がついた時には、心も身体も限界を超えている。


|それでも、この街には「人」がいた

けれど、一つだけ幸いなことがあった。

近所の人たちは、その現実を真摯に受け止めていた。

誰も陰口を叩かなかった。

むしろ、皆が心配してくれる。

私のことについても。

そして、冒頭に出てきたRさんのことについても。

だから私は思う。

制度だけでは、人は救えない。

もちろん、介護保険も、ケアマネジャーも、地域包括支援センターも必要だ。

けれど、それと同じくらい大切なのは、

「あなたは一人じゃない」と言ってくれる人が、身近にいることなのではないだろうか。

Rさんも、今はきっと、家の中で大変な日々を過ごしているのだと思う。

私も、同じ立場にいる。

だから、時期が来たら声をかけてみたい。

「大変ですね」

そんな一言から始めて、お互いの境遇や現実について話してみたい。

解決策を教える必要なんてない。

正しい答えを出す必要もない。

ただ、

「自分だけではなかった」

と思えるだけで、人は少しだけ呼吸ができるのかもしれない。

介護は、家の中だけの問題ではない。

家族だけで背負うものでもない。

そして、介護する人の人生もまた、守られなければならない。

それもまた、Quality of Lifeなのだと思う。


|私が介護を通して考える「Quality of Life」

1.介護される人の尊厳だけでなく、介護する人の尊厳も守る

「人間らしく生きる」ということは、介護される側だけに与えられた権利ではない。

介護する側にも、自分の時間があり、自分の人生があり、自分らしく生きる権利がある。

誰かを支えるために、自分自身が壊れてしまってはならない。

2.「助けを求めること」は、弱さではない

家族だけで頑張ることが美徳なのではない。

制度を利用することも、他人に相談することも、近所の人に話すことも、すべて「生きるための選択」だ。

本当に必要なのは、限界まで頑張った人を責めることではなく、限界になる前に「助けて」と言える社会なのだと思う。

3.Quality of Lifeは、「一人で生きる」ことではなく「一人にしない」こと

介護を経験して、私は改めて思う。

人は、一人では生きられない。

だからこそ、家族だけに責任を背負わせるのではなく、制度と地域と人がつながって、一人の人間を支える社会であってほしい。

介護される人も。

介護する人も。

どちらの人生も、同じように大切だから。

Quality of Lifeとは、誰かの人生を犠牲にして成り立つものではない。

それは、支える人も、支えられる人も、最後まで「自分の人生」を生きられること。

私は、この介護の現実の中で、それを考え続けている。

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この記事を書いた人

KANNA UEHARA
Quality of Life
Tokyo

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