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世界が崩れた夜、私はその中心にいた——NYCロックダウン、分断、そして再生の記録

2020年3月11日、夜。
私は「世界が崩れはじめた瞬間」に立ち会っていた。
それは爆発ではなく、静かに、確実に始まった崩壊だった。


目次

|発火点—2020年3月11日 午後7時56分

米国東部時間2020年3月11日 午後7時56分。
講義を終え、バルークカレッジ近くのトレーダージョーズで買い物をしていた。

その時、CUNYから通知が届いた。
対面授業の停止、オンライン移行。

「世界が崩れはじめた瞬間」に立ち会っていた。
それは爆発ではなく、静かに、確実に始まった崩壊だった。

直後だった。

一気に人が押し寄せてきた。

無意識に、目の前にあるパンやお菓子をカゴに入れていた。
果物、野菜、パスタ、オートミール、肉、冷凍食品、そしてトイレットペーパー——

あらゆる物が、一瞬で消えた。

本当に、「一瞬」だった。

2020年3月11日、Trader Joe’s。わずか数分で棚から商品が消えた瞬間。
Photo by Kanna

とりあえず一週間分の食料は確保できた。
だが、あと10分遅れていたら、何も手にできなかっただろう。

この経験は、さすがに衝撃的だった。

どうなってしまうのだろう。
私は数ヶ月後、生きているのだろうか。

日本に帰れるのだろうか。

得体の知れない不安が、一気に押し寄せた。

それでも、不思議とパニックになっている人はいなかった。

静かだった。

冷静に見せようとしていたのかもしれない。
ただ、確実に“何か”が始まっていた。

レジには長い列ができ、会計まで約1時間。
その間、多くの人がスマートフォンに張り付いていた。

誰かとメッセージを送り合い、
新しい情報を探し続けていた。


|同時多発的に崩れた“日常”

その日の夜、世界は一気に動いた。

NBAシーズン停止。
トランプ大統領による欧州渡航制限。
WHOによるパンデミック宣言。

すべてが、同じタイミングで起きていた。

私は、
ニューヨークで最初の本格的パニック買いの“ど真ん中”にいた。


|誰もいなくなった街

数日後、街から人が消えた。

あれだけの人は、どこへ行ったのだろうか。

時が止まったようだった。
いや、それ以上に——

自分だけが、取り残されたような感覚。

数日後のニューヨーク・レキシントンアヴェニュー。あれほどの人の気配が、街から消えた。
Photo by Kanna
数日後のセントラルパーク。誰もいない閑散とした光景は、まさに別世界だった。
Photo by Kanna

食料を買いに行くことだけは許されていた。

近所のホールフーズも、棚は空のまま。
入店人数は制限され、距離を保つことが求められた。

私は時々、約2キロの道のりを歩き、日系スーパーへ向かった。

ただ、生きるために。


|夜7時、ニューヨークが一つになる瞬間

しばらくすると、夕方になると音が聞こえるようになった。

歓声と拍手。

毎晩7時。
人々はベランダに出て、窓を開けて、叫び、手を叩いた。

消防車や救急車に向かって。

サイレンが、それに応えるように鳴る。

その音は、街全体に響き渡った。

そのパワーは、日に日に大きくなっていった。

最前線で戦う医療従事者、
エッセンシャルワーカーへの感謝。

初めてその光景を見た時、
私は買い物帰りの道で、涙が溢れた。

日系レストランの人たちが、
医療従事者に弁当を配る姿もあった。

同じ日本人として、誇りに思った。

7時に医師や看護師が外に出てくるのを待つ、消防関係者と地元市民(Lenox Hill Hospital)。
Photo by Kanna
最前線で戦う医療従事者とエッセンシャルワーカー(Lenox Hill Hospital)

|崩壊寸前の医療現場

この頃のニューヨークは、限界を超えていた。

防護ガウンも、マスクも、人工呼吸器も足りない。

医療従事者も不足していた。

徹夜で働き続け、
痩せこけ、目の下に深いクマを作った人たち。

家族に感染させないため、
長期間、離れて暮らす人も多かった。

それでも感染は止まらず、死者は増え続けた。

私の知人のアパートでは4人が亡くなった。
私の住むアパートでも、2人亡くなったと聞いた。

死は、遠い話ではなかった。


|Black Lives Matter——正義が揺らいだ瞬間

2020年春から夏。

Black Lives Matter運動が全米に広がった。

最初は平和なデモだった。

5th Avenueを歩くブラックライブスマターのデモ参加者。
Photo by Kanna

しかし、次第に変わっていった。

East End Avenueで座り込み、差別や黒人の人権を訴える参加者たち。
Photo by Kanna

デモは座り込みへ、
そして暴動へとエスカレートした。

暴動に備え、防護されたマジソンアベニューのブランド街。静かな緊張が漂っていた。
Photo by Kanna
暴動に備え、窓を板で覆ったマジソンアベニューのバカラ。
Photo by Kanna

マンハッタンのブランド店、宝石店、アップルストア。

ガラスは割られ、
店内は破壊され、
商品は略奪された。

NYPDのパトカーやゴミ箱は燃やされた。

街は、別の意味で壊れていった。


|アジア人として“狙われる側”に変わった日

そして、アジア人差別が始まった。

地下鉄で突き落とされる。
無差別に襲われる。

それはニュースではなく、日常に入り込んできた。

私の周囲でも、被害は起きていた。

そして——

私自身も。

昼間、6番街のトレーダージョーズへ向かう途中だった。

正面から歩いてきた若い男。
すれ違う瞬間、彼の手が私の顔に伸びてきた。

反射的に、肘で弾いた。

だが彼は諦めなかった。

再び手を伸ばし、
今度はマスクを剥がそうとした。

左頬に触れられた瞬間、
全身の感覚が一気に鋭くなった。

私はその手を突き飛ばし、逃げた。

後ろから、叫び声が聞こえていた。


|それでも、この街は止まらなかった

ニューヨークは壊れた。

だが、止まらなかった。

閉ざされたレストランは、
歩道に空間を作り始めた。

Upper East Side。進化した屋外ダイニングは、夜になると幻想的にライトアップされた。
Photo by Kanna

木組みの小さな部屋。
それぞれが工夫を凝らした屋外ダイニング。

街に、再び人が戻ってきた。

笑い声が戻ってきた。

数ヶ月前の静けさが、嘘のように。

私はその光景を見て、思った。

この街は、何度でも立ち上がる。


|Quality of Life——極限の中で見えた3つの本質

1. 「生きている」は、奇跡でしかない

未来は保証されていない。
だからこそ、今をどう生きるかがすべてになる。

2. 共存は“美しい理想”ではなく、“痛みを伴う現実”

多文化社会は簡単ではない。
衝突も、恐怖も、その一部だ。

3. 人間と都市は、必ず再生する

壊れても、奪われても、
人はまた、前を向く。







References

CNN. “NYでアジア系ヘイトクライム335%増.” Jun 5, 2021.
https://www.cnn.co.jp/usa/35171877.html

Business Insider Japan. “新型コロナでニューヨークの死者数が急増.” Nov 24, 2020.
https://www.businessinsider.jp/article/224634/

The Wall Street Journal. “NYC Dead Remained in Freezer Trucks After COVID Surge.”
https://www.wsj.com/us-news/nyc-dead-stay-in-freezer-trucks-set-up-during-spring-covid-19-surge-11606050000

TBS NEWS DIG. “アジア系住民への暴行事件.”
https://www.youtube.com/watch?v=qyILFowW4uo

CNN. “NY地下鉄でのアジア系住民への攻撃.”
https://www.cnn.co.jp/usa/35182140.html

CNN. “アジア系女性襲撃事件.”
https://www.cnn.co.jp/usa/35183774.html

文春オンライン. “NYで日本人ピアニストが襲撃.”
https://bunshun.jp/articles/-/57299

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この記事を書いた人

KANNA UEHARA
Quality of Life
Tokyo

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