あのとき、私の周りには花が溢れていた。
まるで、最後の日を飾るかのように。
——でも私は、まだ終わるつもりなんてなかった。
|病室にあふれた花と、誰も言えなかった現実
友人たちは、お見舞いに来るたびに言葉を選んでいた。
何を話せばいいのか。
どんな言葉なら、私を傷つけないのか。
きっと心のどこかで思っていたのだと思う。
「今日が最後になるかもしれない」と。
そのせいか、病室には花が増えていった。
気がつけば窓際は花で埋め尽くされ、
まるでキャバクラのナンバーワンの誕生日のようだった。
抗がん剤で動けない私の代わりに、
「リハビリになるから」と水を替えてくれる人もいた。
その中に、一人の70代の女性がいた。
|「あなたは人生を選べる」——忘れられない約束
彼女は退院の日、私の手を強く握って言った。
「やっとね、介護も終わって、子どもも独立して、
これから自分の人生を生きられると思ったのよ。
それなのに、末期がんですって。やってらんないわよね。」
少し笑いながら、でも悔しさをにじませていた。
そして、こう続けた。
「でもね、あなたは違う。
あなたの時代は、自分で人生を選べる時代よ。
私が歩めなかった人生を、あなたには生きてほしい。
あなたなら、きっとできる。」
その言葉は、私の中で「約束」になった。
|どんな形でも、生き抜くと決めた
私は心の中で誓った。
たとえ、この先どうなったとしても。
どんなに見苦しくてもいい。
——生き抜く。
そして、生きている限り、
自分の人生を、自分で選び続ける。
|私は“社会復帰”ではなく、“人生の再設計”を選んだ
手術と抗がん治療を終えたあと、
私はすぐに就職活動をすることを選ばなかった。
3ヶ月ごとの通院。
再発のリスク。
新しい職場で休みを取る現実。
でも、それ以上に心に残っていたのは——
「もし、もう一度人生をやり直せるなら?」
病棟で何度も交わされた、この問いだった。
|人は、極限で本音を語る
「ソルボンヌでフランス文学を学びたい」
「もう一度、音楽大学でオペラをやりたい」
そんな声が自然と出てくる場所だった。
そこにいた人たちは、みな知的で、教養があり、
本来なら別の場所で出会っていたら
多くのことを学ばせてもらえたであろう人たちだった。
私は思った。
——人は、極限の中で本当の願いを知る。
だったら私は、それに正直でいたいと思った。
|言葉に壊され、言葉に救われたからこそ
闘病中、心ない言葉を向けられることもあった。
「子どもを産めない女性に価値はない」
「子宮を取ったら女性じゃないよね」
冗談のように、軽く。
でも、その言葉は深く刺さった。
一方で、あの女性の言葉のように、
人生を支える言葉もあった。
私は気づいた。
——言葉は、人を壊しもするし、救いもする。
だから私は、「言葉」を学ぶことを選んだ。
|学びが、人生をもう一度動かした
メディア言語表現を学び、
言葉の力と向き合った。
そして2004年、
『笑顔を素敵なあなたに』として初出版が実現した。
気がつけば、本は重版となり、
出版社より「図書館総合展」への出展、ならびに「日本エッセイストクラブ賞」への推薦を受けた。
私が行ったことのない場所へ、
この本が、一人で旅をしているようだった。
|すべてを失った場所から、すべてを始めた
卒業後、フルタイムでの仕事も決まった。
その場所は、新宿アイランドタワー。
かつて、私が血まみれで倒れ、
救急車で運ばれた場所だった。
同じ場所で、今度は“働く側”として立っている。
——人生は、本当に不思議だと思った。
|キャリアは、やり直せるどころか「築き直せる」
私は派遣社員からスタートした。
そこから正社員となり、
人事・総務の領域でキャリアを築いていく。
採用、教育、評価、労務 ——
幅広い業務を経験した。
そして、その転機となった出来事がある。
派遣社員から、正社員へ。
30人以上の応募者の中から選ばれた理由は、
「学歴」でも「スキル」でもなかった。
「あなたが入ると、チームが強くなると思った」
その一言が、私の人生を変えた。
結果として、
外資系企業で約7年間の実務経験を積み、
その後、国際機関の人事部へとキャリアを発展させることができた。
これは偶然ではない。
——何があっても、生きていけるように。
私は意識的に、
ダブルメジャーのようにキャリアを築いていった。
|人が、人を再生させる
私の人生を変えたのは、仕事だけではなかった。
もう一人、忘れられない存在がいる。
社内のクリエイティブ部門の責任者だった彼女だ。
圧倒的な実力を持ちながらも、
組織の中で孤立し、心身ともに疲弊していた。
そんな彼女と、私は自然と親しくなっていった。
誕生日が近かったこと、入社時期が同じだったこと、
いくつもの偶然が重なって、気づけば一緒に食事をする関係になっていた。
彼女は、毎年ニューヨークを訪れていた。
「行くたびに、刺激があるの。
アイデアも湧くし、自分が更新される感じがするのよ」
当時の私は、ヨーロッパばかり旅していて、
ニューヨークには一度も行ったことがなかった。
そんな私に、彼女は言った。
「一度、ニューヨークに行ってきなよ」
その言葉は、どこか軽くて、でも妙に残った。
実際に行ってみると、すぐにわかった。
女性一人でも自由に歩ける街。
エネルギーと多様性にあふれた空気。
そして、なぜか心がワクワクする感覚。
——ああ、こういう世界があるんだ、と。
あのときの一言が、
この先の人生を大きく動かすことになるとは、
まだ知らなかった。
|人生は、何度でも選び直せる
私は一度、人生が止まった。
でも、そこから動き出した。
学び直し、働き、キャリアを築いた。
だから、はっきり言える。
——人生は、何度でもやり直せる。
いや、それだけじゃない。
人生は、何度でも“選び直せる”。
|Quality of Lifeとは「選択できる力」
この頃の私は、いつも自分に問いかけていた。
「もし、人生があと1年だったら?」
その問いが、すべての基準になった。
Quality of Lifeとは、
何かを持っていることではない。
自分で選べること。
それが、私の答えだった。
|Quality of Lifeを高める3つの哲学
① 人生は、いつからでも再設計できる
② キャリアは、何度でも築き直せる
③ 選択する力こそが、人生の質になる
【まとめ】
私は、あの日の約束を今も生きている。
「あなたは、人生を選べる」
その言葉に背中を押されて、ここまで来た。
だから今度は、私が伝えたい。
——あなたも、何度でもやり直していい。
——そして、自分の人生を選んでいい。
次は、ニューヨークへ。
人生がもう一度、大きく動き出す。
